カタカムナとは?第5首・第6首の言葉と意味をやさしく解説
カタカムナとは?第5首・第6首の言葉と意味をやさしくお話します
今日は、いつもとはちょっと違う感じのお話です。
レイキヒーリングや心を整えるお話をしていると、たまに「カタカムナ」という言葉を聞くことがあります。
最初に聞いたときは、
「え?カタカムナって何?」
「古代文字?」
「なんか難しそうやなぁ」
と思う方も多いかもしれません。
私も、初めて見たときは正直、すぐに意味がわかったわけではありません。
でも、声に出してみたり、文字の雰囲気を見ていると、なんとなく不思議な響きがあって、心が静かになるような感じがしました。
カタカムナは、古代日本の叡智や、宇宙の仕組みを表しているものとして語られることがあります。
ただし、歴史的にすべてがはっきり証明されているものではありません。
なので、「これが絶対です」と言い切るよりも、言葉の響きや、自分の心がどう感じるかを大切にして触れてみるのがいいかなと思っています。
今回は、カタカムナの中でもよく知られている、カタカムナウタヒ第5首・第6首について、できるだけわかりやすくお話していきます。
カタカムナウタヒとは?
カタカムナには、「カタカムナウタヒ」と呼ばれるものがあります。
ウタヒという名前の通り、歌や詩のようなものとして伝えられています。
普通の文章みたいに、読んですぐに意味がわかるものではありません。
どちらかというと、音の響きやリズムを感じるもの。
声に出して唱えることで、心を落ち着けたり、自分の内側に意識を向けたりする時間として取り入れている方もいます。
もちろん、唱えたら必ず願いが叶うとか、病気が治るとか、そういうものではありません。
でも、忙しい毎日の中で、少し立ち止まって、言葉の響きを感じる時間を持つ。
それだけでも、心がふっとゆるむことってありますよね。
カタカムナウタヒ 第5首
まずは、よく知られている第5首です。
ヒフミヨイ
マワリテメクル
ムナヤコト
アウノスヘシレ
カタチサキ
初めて見ると、ちょっと不思議な言葉ですよね。
でも、声に出してみると、
ヒフミヨイ
マワリテメクル
ムナヤコト
このあたりは、なんとなくリズムがあって、めぐっていくような感じがします。

第5首の意味をやさしく見てみる
カタカムナの意味には、いろいろな解釈があります。
なので、ここでは「こんなふうに感じることもできますよ」という、やさしい受け取り方として読んでくださいね。
ヒフミヨイ
「ヒフミヨイ」は、数の響きとして受け取られることがあります。
ヒ、フ、ミ、ヨ、イ。
一、二、三、四、五。
ものごとが始まって、少しずつ進んでいくような響きです。
何かを始めるときって、いきなり大きく変わるわけではないですよね。
小さな気づきがあって、
ちょっと動いてみて、
少しずつ流れができてくる。
「ヒフミヨイ」には、そんな始まりのエネルギーのようなものを感じます。
マワリテメクル
これは、言葉の感じからもわかりやすいですね。
「回りて巡る」
季節もめぐります。
月も満ち欠けします。
呼吸も、吸って吐いてをくり返しています。
人の気持ちも同じで、元気な日もあれば、落ち込む日もあります。
でも、それは悪いことではなくて、自然な流れなんやと思います。
ずっと元気でいないといけない。
ずっと前向きでいないといけない。
そんなふうに思うと、しんどくなってしまいます。
「マワリテメクル」という言葉には、止まっているように見えるものも、ちゃんとめぐっている。
そんな安心感があります。
ムナヤコト
「ムナヤコト」も、数の響きとして受け取られることがあります。
ム、ナ、ヤ、コ、ト。
六、七、八、九、十。
「ヒフミヨイ」が一から五の始まりなら、「ムナヤコト」はそこからさらに広がって、ひとつの流れが完成に向かっていくような感じです。
思いが生まれて、
流れができて、
少しずつ形になっていく。
何かが現実になる前には、目には見えない準備の時間があります。
今は何も変わっていないように見えても、実は心の奥では、少しずつ変化が始まっていることもあります。
アウノスヘシレ
この言葉は、少し難しく感じるかもしれません。
私なりにやさしく受け取るなら、内側と外側が合わさって、整っていくような響きです。
頭では「こうしたい」と思っているのに、心がついてこないことがあります。
反対に、心ではわかっているのに、現実ではなかなか動けないこともあります。
そういうときって、なんか自分の中がバラバラしている感じがしますよね。
でも、少しずつ心と行動が合ってくると、不思議と流れが変わってくることがあります。
「アウノスヘシレ」は、そんなふうに、自分の中のずれが整っていくような響きとして感じています。
カタチサキ
「カタチサキ」は、形が咲く、形として現れる、というようなイメージで受け取ることができます。
心の中にあったもの。
まだ言葉にできなかったもの。
ずっと奥の方で育っていたもの。
それが、やがて形になって現れてくる。
花が咲く前には、土の中で根が伸びています。
目には見えなくても、ちゃんと準備は進んでいるんですよね。
第5首をまとめると、
ものごとが始まり、めぐり、整い、やがて形になっていく流れ
そんな意味として感じることができます。
カタカムナウタヒ 第6首
次に、第6首です。
ソラニモロケセ
ユヱヌオヲ
ハエツヰネホン
カタカムナ
第5首が、ものごとが始まって形になっていく流れだとしたら、第6首は、もっと大きな宇宙の広がりや、目に見えない力を感じさせる言葉です。
第6首の意味をやさしく見てみる
第6首も、これが絶対の意味というより、ひとつの受け取り方として読んでください。
ソラニモロケセ
「ソラニ」は、そのまま空や宇宙を感じる言葉です。
空を見上げると、なんとなく心が広がることってありませんか?
悩んでいるときでも、広い空を見ると、少しだけ気持ちがゆるむことがあります。
「モロ」は、もろもろ、すべてのもの。
「ケセ」は、消える、ほどける、形を変えるようなイメージで受け取ることができます。
つまり「ソラニモロケセ」は、すべてのものは大きな宇宙の中にあり、形を変えながら流れている。
そんな感じです。
今の悩みも、ずっと同じ形ではありません。
気持ちも、状況も、少しずつ変わっていきます。
そう思うと、少し楽になりますよね。
ユヱヌオヲ
「ユヱヌオヲ」は、ちょっと不思議な響きです。
意味を頭で考えると難しいのですが、音として感じると、奥の方で何かが動いているような感じがします。
目には見えないけれど、ちゃんと支えてくれているもの。
たとえば、安心感。
人とのご縁。
直感。
ふとした温かさ。
その場の空気。
そういうものは、形としては見えにくいけれど、私たちの心には大きく影響しています。
レイキヒーリングでも、目に見える変化だけではなく、
「なんとなく心が軽くなった」
「呼吸がしやすくなった」
「安心感があった」
と感じる方がいます。
「ユヱヌオヲ」は、そんな目に見えない奥の働きのように感じます。
ハエツヰネホン
「ハエ」は、生える、芽生える。
「ツヰ」は、対になるもの、結びつき。
「ネ」は、根っこ。
「ホン」は、本質。
このように見ると、「ハエツヰネホン」は、根っこにある本質から、何かが芽生えてくるような響きです。
人には、それぞれ本来の自分があります。
でも、毎日の忙しさや、人に合わせすぎることで、自分の本音がわからなくなることもあります。
本当は疲れているのに、まだ頑張ってしまう。
本当は休みたいのに、無理して笑ってしまう。
そういうこと、ありますよね。
「ハエツヰネホン」は、自分の根っこ、本質に戻って、そこからまた芽を出していくような言葉に感じます。
頑張ることも大切。
でも、休むことも大切。
人にやさしくすることも大切。
でも、自分にやさしくすることも大切。
どちらか一方だけではなく、両方のバランスが大切なんやと思います。
カタカムナ
最後に出てくる「カタカムナ」は、第6首全体を包み込むような言葉です。
目に見える世界と、目に見えない世界。
形になったものと、まだ形になる前のもの。
その両方をつなぐような響きがあります。
第6首をまとめると、
すべてのものは宇宙の大きな流れの中にあり、目に見えない力に支えられながら、本質から芽生えていく
そんな意味として受け取ることができます。

第5首・第6首を唱えるとき
カタカムナウタヒを唱えるときは、難しく考えなくて大丈夫です。
静かな場所で、ゆっくり深呼吸をして、声に出してみます。
ヒフミヨイ
マワリテメクル
ムナヤコト
アウノスヘシレ
カタチサキ
ソラニモロケセ
ユヱヌオヲ
ハエツヰネホン
カタカムナ
早く唱えようとしなくても大丈夫です。
意味を完璧に覚えようとしなくても大丈夫です。
音が口から出て、耳に戻って、身体の中に響いていく。
その感じを、ただ味わってみてください。
朝に唱えてもいいですし、寝る前でもいいと思います。
心がざわざわするときや、瞑想の前、レイキヒーリングの前に唱えてみるのもいいですね。
カタカムナと言霊
日本には昔から、言葉には力があるという考え方があります。
「ありがとう」と言われると、心が温かくなります。
「大丈夫」と言われると、ほっとします。
反対に、きつい言葉を受けると、胸がぎゅっと痛くなることもあります。
言葉って、目には見えないけれど、人の心にちゃんと届きます。
カタカムナウタヒも、意味だけではなく、音の響きを感じるものとして親しまれています。
声に出す。
耳で聞く。
呼吸を感じる。
身体に響きを感じる。
そんな時間は、外ばかりに向いていた意識を、自分の内側へ戻してくれるように思います。
レイキヒーリングとの共通点
カタカムナウタヒとレイキヒーリングには、似ているところがあります。
どちらも、目に見えるものだけではなく、目に見えない感覚を大切にします。
レイキヒーリングでは、静かに手を当てたり、意識を向けたりしながら、心と身体をやさしく整えていきます。
カタカムナウタヒも、音の響きや言霊を通して、自分の内側に意識を向ける時間になります。
どちらも、無理やり変えるというより、静かに整っていく感じです。
がんばって、がんばって、どうにかするのではなく、ふっと力を抜いて、本来の自分に戻っていく。
そんな感覚に近いかもしれません。
カタカムナを楽しむときの注意点
カタカムナウタヒは、とても神秘的で魅力のある言葉です。
でも、唱えれば必ず病気が治るとか、願いが叶うとか、人生が劇的に変わるとか、そういうふうに断定するものではありません。
体調が悪いときは、必要に応じて病院や専門家に相談してくださいね。
また、不安をあおるような話や、高額な商品には注意した方がいいと思います。
本当に心を整えるものは、人を怖がらせるものではないと思います。
安心できること。
心が軽くなること。
自分の感覚を大切にできること。
そのあたりを大事にしながら、カタカムナの世界を楽しんでみてください。
まとめ
カタカムナウタヒ第5首・第6首は、カタカムナの中でもよく知られている言葉です。
第5首は、ものごとが始まり、めぐり、整い、形になっていく流れ。
第6首は、宇宙の広がりや、目に見えない力、本質から芽生える生命の流れ。
そんなふうに受け取ることができます。
もちろん、意味にはいろいろな解釈があります。
これが絶対の正解というわけではありません。
でも、声に出してみたときに、心が少し静かになる。
呼吸が少し深くなる。
自分の内側に戻ってこられる。
そんな時間があるなら、それだけでも十分に意味があるのではないかなと思います。
毎日忙しくしていると、自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。
だからこそ、ほんの少しだけ立ち止まって、言葉の響きに耳を澄ませる時間を持ってみる。
それは、自分を大切にする小さなセルフケアになるかもしれません。
カタカムナや言霊、レイキヒーリングに興味がある方は、心と身体をやさしく整える時間を体験してみませんか。
大阪・藤井寺を拠点に、レイキヒーリングを通して、あなたが本来の自分に戻るためのお手伝いをしています。
無理に頑張るのではなく、静かに整う。
そんな癒しの時間を、日常の中に取り入れてみてくださいね。